Withコロナ時代の公衆衛生キーワード:第2回「インフォデミック」
「メタノールを飲んで800人が死亡」問われるヘルスリテラシー、メディアリテラシー
「インフォデミック」という言葉を聞いたことがありますか。これは、Information=情報、Epidemic=流行を掛け合わせた言葉。ご存じの通り、インターネットやSNSなどでは根拠のないデマも含め、膨大な情報が氾濫しています。根拠のない噂話・偽情報、偏見、陰謀論などを信じてしまうことで、多くの人々が不安・混乱に陥り、買い占めなどの誤った行動につながったり、偏見や差別を招いてしまうことが指摘されています。
最近ですと、大阪府の吉村洋文知事が会見で、「うそみたいな本当の話」として、ポピドンヨードを含むうがい薬でうがいをした群は口の中のウイルス量が減り、しなかった群に比べ、PCR検査の陽性率が低かったという研究報告を発表しました。彼自身の発信力のみならず、会見の机に、うがい薬を並べて話した影響もあったのか、その後、ドラッグストアではポビドンヨードを含むうがい薬「イソジン」などを買い求めるお客が後を絶たず、売り切れ状態になったと言います。その後、騒ぎを受け、知事は「うがい薬が新型コロナウイルス感染症の予防や治療に効くわけではない」と火消し会見も行いましたが、日本医師会が「現時点ではうがい薬に対するエビデンスが不足している」ことを表明するなど、科学的根拠がある情報ではないという指摘が相次ぎました。
また、4月、新型コロナウイルス感染症によって亡くなった女優の岡江久美子さんがヘビースモーカーだったという噂話がネット上で出回ったことも話題になりました。娘の女優・大和田美帆さんはご自身のツイッターで、岡江さんが、ヘビースモーカーどころか喫煙者でもなかったことを明かし、誤った情報が拡散されている現状が悔しいという気持ちを吐露しました。当時ネットにあふれた関連ツイートを分析した研究者によると、関連していたワードの上位に3月に亡くなった俳優・志村けんさんの名前が入っていたことが分かっています(https://news.yahoo.co.jp/byline/terasawatakunori/20200427-00175537/)。志村さんは喫煙者であり、亡くなった当時、「喫煙者では新型コロナが重症化する」という報道が多く出回った結果、「若くして亡くなったのは、喫煙者だったから」という憶測や偏見につながり、拡散に拍車をかけてしまったことが推測されます。
ネット上の噂、8割以上が「間違い」という報告も
このインフォデミックについて、8月10日、学術誌「American Journal of Tropical Medicine and Hygiene」に興味深い研究報告がオンラインで発表されたので、ご紹介します。(http://www.ajtmh.org/content/journals/10.4269/ajtmh.20-0812)
バングラデシュ・icddr,b(国際健康研究機関)、豪州ニューサウスウェールズ大学公衆衛生・地域医療校のチームらは、2019年12月31日~2020年4月5日の間にニュースサイトやSNSなどで拡散した新型コロナウイルス感染症にかかわる噂・偽情報や偏見、陰謀論などについて、公衆衛生への影響を分析。北米、欧州、中国、日本を含む87か国・25の言語でテキスト評価が可能だった2276件のレポートのうち、82%を占める1856件が誤りだったと指摘しています。
情報の種類は、「病気、感染と死亡率(24%)」、「コントロール手段(21%)」、「治療法(19%)」、「感染源を含む疾患原因(15%)」、「暴力(1%)」など。拡散が特に多かった上位6国はインド、米国、中国、スペイン、インドネシア、ブラジルでした。論文では、象徴的な被害事例として、「高濃度アルコールを摂取すると、ウイルスを消毒できる」というデマが広がった結果、メタノールを飲んだ人のうち、5876人が入院し、60人が失明。約800人が死亡したことを報告しています。
世界各地で新型コロナ対応も含めた医療支援を行っている国境なき医師団(MSF)でも、偽情報の一例として、ハイチでは、「コロナウイルス関連の死者数を増やしてより多くの国際援助を受けるために、病院で毒薬を注射している」、「病院ではコロナウイルスワクチン開発のための人体実験が行われている」といったデマが蔓延していることを、WEBの活動ニュースで報告しています。通院を怖がった結果、持病が重症化し、命を落とす例が続いており、5月半ばから6月半ばまでにMSFの施設で受け入れた132人のうち、12人が到着時に既に亡くなっていたか、到着後24時間以内に命を落としたと言います。(https://www.msf.or.jp/news/detail/headline/hti20200715mn.html)
「か・ち・も・な・い」でヘルスケア情報を吟味しよう
LINEとNHKがLINEユーザー2000人を対象に5月に行った調査によると、「新型コロナウイルスの情報に関して感じていること」について聞いたところ、「どれが信頼できる情報か見分けるのが難しい」と感じる人が最も多く、約6割という結果になりました。4割弱が「感染拡大につながるような楽観的な情報は危険だと思う」、「誤った情報やデマがひろがっている」、「日々多くの情報が流れてくることに混乱する」と回答しており、多くの人がインフォデミックのリスクに気づき始めていることも分かります。にもかかわらず、冒頭のような行動が起こっていることも事実。科学的根拠のある健康情報をどうしたら選び取れるのか、今まさに、ヘルスリテラシー、メディアリテラシーが求められていると言えるでしょう。
インターネットなど上のヘルスケア情報の見分け方について、ヘルスリテラシーの研究に詳しい聖路加国際大学の中山和弘教授は、次のようなチェック方法「か・ち・も・な・い(価値もない)」を提案されています。こうした視点で情報をチェックしてみると、冒頭のケースについての見方も変わってくるのではないでしょうか。
か:書いたのは誰か、発信しているのは誰か。それは、信頼できる専門家かどうか。
ち:違う情報と比べたか。多くの情報が示す内容と合っているかどうか。
も:元になるネタ、根拠は何か。引用文献は必ずチェックを。
な:何のために書かれたか。営利目的でないかどうか。
い:いつの情報か。古い情報は更新情報がないか確認を。
こうした情報は「価値もない」と覚えることが、ヘルスリテラシー、メディアリテラシーを育むための第一歩。自身が根拠のない噂話に踊らされるだけでなく、良かれと思って誤った情報を家族や知人に拡散してしまう人を増やさないためにも、ヘルスケア情報を見極める目を広く育てていきたいものです。(文:新村 直子)